ガチメンヘラの友達に疲れた時の話

ガチメンヘラの友達に疲れた時の話

こんにちは、僕です。
およそ20年前、僕が学生の頃の話ですがガチメンヘラの女友達がいました。
今はもう繋がりはないですが当時を振り返って話してみようと思います。

ただ、あの時の自分に言いたいことは「お前じゃどうにもならん、ほっとけ」です。残念ながら。

どんな人だった?

その子はサークルの後輩で年下だったんですが、まあ可愛かったですね。
後輩というよりも友達感覚でした。縦社会なサークルではなかったので。
当時は大人しくて普通の子だと思ってましたね。

もちろん、可愛かったので下心がゼロだったというのは嘘になりますw

学生の頃はほんとに「普通な良い子」だったんです。
それはあの子のことを知らなかっただけという事だったのですが。

悩み相談

卒業後もその子とはたまにメールで話すことがありました。サークルの集まりもたまにあって直接話すことも。
ある日、唐突に心の病の相談をされます。

記憶が曖昧なので順序までは覚えてませんが毒親の影響で「病みの下地」が出来上がり、学生時代の人間関係で「完全に壊れた」ようです。
全然知らなかったのでショックでしたし、気付けない自分にもガッカリでした。

可愛い後輩ですもの、出来る限りは受け止めてやろうと思い、一生懸命話しを聞きました。
少しでも気持ちの緩和になれば、と思い。

でも今になってみたら、それが本当に正しかったのかどうか疑問です。

制御不能

その子が精神科に入院した時もお見舞いに行きました。
なんかもう友達以上な気もしますが向こうには恋愛感情は無かったはず。
あったらこの程度じゃ済んでないはずですから。

そして日を追うごとにメールの内容は病んでいきます。
「私もうタヒぬ」「あいつ56す」などは当たり前。

僕も次第にかける言葉がなくなっていきます。
あの言葉も使った、この台詞も言った。
でも何一つ伝わらないんです。

こりゃアカンと思ってドライブに連れて行ったこともあります。
そしたら多少気が晴れたみたいで「やっぱ言葉より行動だな」なんて自己満足に浸ったりもしましたね。
次の日には完全に元通りになっていましたが。

疲弊と放棄

たまに夜中にくる病んだ長文メール。
眠気と戦いながら、何か響く言葉はないか模索しながら返信。
でも向こうにはやっぱり何も伝わらないし、変えられない。
病気ですから。医者じゃありませんから。

そんな自分に嫌気がさしたのか、その子の相手に疲れたのか、次第に返事もしなくなりました。
返信しないことを少しずつ増やした、というか。

罪悪感はありましたが、このままだと僕も暗黒面に飲み込まれてしまいます。
自衛のためにはしょうがなかった。

正直、こちらの言うことを何も聞き入れてくれないことに腹を立てていたという気持ちもありました。
向こうは何を求めていたのか。ただ聞いてほしかっただけなのか。

ただその子にとって不幸だったのは、僕が「同じことを聞くのも話すのも大嫌い」な人間だったということ。
そうでなければ辛抱強く話を聞いてあげられたのに、というのは少し後悔してます。

でも人の性格は簡単には変わらない。
ましてやただの友達に無償の愛を捧げ続ける事ができるのは余程の聖人か変態くらいです。

冷たい人間と思われてもしょうがない。人には限界がある。

現在

返事をしなくなってから数年経ちました。最後にメールが来たのは一年くらい前だったでしょうか。
今だにメールが来ることにも驚きですがメールの内容も当時とほぼ変わっていないことにもビックリです。

いまだに病んで苦しんでいるんだな、って。感想はそれだけです。
それ以上の感情は持たないようにしています。

僕にはその苦しみを分かってあげられないし、今は力になる余裕もありません。
なので自分を守るためにはその子を放っとくしかありませんでした。

現在もその判断は間違ってなかったと思います。
当時の自分にも「早く見捨てろ、自分の事を考えろ」って言いたいです。残酷ですけど。
10年くらいは同じやりとりを繰り返してましたからね。今のやさぐれた僕に言わせれば不毛でしかないですよ。

なので中途半端な同情でそばにいるなんて判断したらダメですよ。マジで飲み込まれます。
それでも側にいたいというなら人生ずっと添い遂げるくらいの覚悟はしといた方がいいですよ本当に。

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